病気にならない体をつくる

 乳がん体験その2 

 

2017.08.29 Tuesday
仕事のこと
私の仕事のスタイルはちょっと変わってまして、重心児のショートステイとデイの施設の名目上理事、実質は何でも屋(保育士と臨床心理士の資格も持ってますが)。
それと7か所の訪問看護ステーションと契約して仕事を請け負う訪問リハビリの仕事をしています。あと、保健所の仕事も少し。
一年で一日フリーな日は10日ぐらいで、ほぼ毎日何かしら仕事をしていました。 フリーな分、働いた分だけ収入は上がり、税金も上がる。最近の趣味はふるさと納税。
言語聴覚士で訪問リハビリの仕事をしている女子(←これ重要)は少ないのです。かつ人口が少ない地域でも行きますよ~てな人は。なので仕事は途切れません。
 で、抗がん剤治療に入ると仕事どうしようか~と、自分の体よりも仕事の方が心配でした。
 担当している利用者さんは、もういい加減卒業しましょうよ、ぐらいのレベルの人から人工呼吸器をつけた方、心に病を持ってらっしゃる方、人生の終わりが近づいている方、様々です。
 自分の病気を伝えるべき?どの順番で、誰にどう伝えよう?と珍しく悩みました。まずは担当するケアマネさんと二人っきりの時に、「あのー私乳がんなんですぅ。こんな時、誰に相談したらいいですか~」と普段通りに行ってみると、
「えーやめてよ~」とえらい心配そうな顔をされまして、あーこういう感じに受け取られるのね、と心の準備ができました。
ケアマネさんのアドバイス通り、まずは所長クラスの人から言っていきました。幸いにも周りは看護師さんやリハビリ技士さんといった医療関係者ばかりなので、
みんなが同席してても、普段通りに(明るく)言っていき、病院に行く曜日にあたる人は、作業療法士さんや理学療法士さんに代わりに行ってもらったり、
曜日の融通が利く方は、検査や治療に合わせて休ませてもらえることになりました。また幸いなことに、とあるステーションに新しいSTさん(それも知り合い)が入ってきてくれ、「○○ぐらい稼げまっせ」との甘いささやきで、
私と同じようにいくつかのステーションに契約して頂き、担当変更OKな利用者さんを引き継いでいただきました。
 その頃はまだ抗がん剤治療が始まっていなかったので、体調がどうなるか未知数です。なのでとりあえず継続できる利用者さんのステーションの管理者さんや、ケアマネさんには電話やメールで病気のことをお伝えしました。
反応は人それぞれでしたが、意外にも「私も乳がんの経験者だから」とのお返事があったのには驚きました。
 利用者さんには、理解できる方にはお伝えしましたが、ご自分の病気以上に心配してくださったり、気遣いをしてくださったり、本当に感謝です。
利用者さん(脳腫瘍)、その奥様(肺がん)、そして私(乳がん)、と3人ともガン患者となると病院のこと、先生のことおしゃべりの花盛り。で、現在は訪問件数はほぼ半分になり、のんびりと仕事をしています。相変わらず一日フリーな休みはなく、土日も働いています。
施設では入浴介助もなんのその。子どもを抱えて遊びます。 副作用の少なさに(脱毛と白血球減少は除く)、「元気だね」と所長や利用者さんのご家族から言われます。
医療センターの先生も「元気よね?」と一応確認。「疲労は?」との質問に「そりや毎日仕事すればそれなりに疲れますわ」と答えるぐらいです。医療の進歩に感謝です。
 それでも、時々胸がズキっと痛むので、乳がんであることは忘れてはいません。抗がん剤治療をしてますが、おっぱいは豊胸手術を失敗したような形で硬いままです。これが現実。
次回は母への告白のことを書きます。
  
2017.08.30 Wednesday
母に伝える
クリニックで乳がんと言われ、看護師さんから家族に言うのよと念を押されましたが、言えるまでには時間がかかりました。
理由の一つが、母が骨折の治療ついでに膝の手術もして半年間入院していたこと、
父が胆石での治療入院中に胃がんが見つかったこと、
胆石の治療で入院することになったことを妹が母に伝えた時、
自分の治療で頭がいっぱいだから、父のことは知らせなくていいと母が言っていたこと、
 母の退院が間近になっており、家での生活に不安を抱えていたこと、
 そんな母に自分が乳がんだとはとても言えないな~と思って、自分の胸にちょっと置くことにしました。
R病院では、ICに家族のだれでもよいから同席するよう言われ、う~んと考えました。
妹二人は子供がいるし、新幹線で来てもらうなんて時間的な負担はかけたくないし。
ICに上司の看護師が同席してくれたのは本当に助かりました。
 まずは自分が元気な姿を見せれば、ちょっと気楽に言えるかなと思い、母が退院した次の日に帰省し、母の動きを確認。
病院とは勝手が違うようで、動作の一つ一つに「どうしたらいい」」「こわい」の連発でした。
以前だったら、「元気してん?」と聞いてくる母ですが、この時は全くなし。
さらに麻央ちゃんのことがTVで流れたりすると、「こりゃー言えんなー」と思いました。
 2日間の帰省でとにかく、母の身の回りを整え、家の大掃除をして帰りました。
 それから10日ほど経った頃に母から電話があり、昔お世話した友人が毎日来てくれて、歩行練習や入浴、車の運転の練習に付き添ってくれ、
家での生活に自信がついてきて、6月からは店(実家はお好み焼き屋)に出ると元気そうにしゃべり、
「ところで元気しとんやろ?」と聞いてきました。
この頃には、周りの方々に乳がんのことをほぼほぼ伝え終わって、
十分練習ができていたので、「元気だけと、体は良くないよ」と一言いうと、「どしたん、…ガンかな」母の直感は恐ろしい。
「そう、乳がん。多分治験で抗がん剤の治療するよ。保険金もおりたから、心配せんといて」
手術ができない理由は言っても理解できないので、詳しくは言わず。
母は、「仕事のしすぎじゃ」と一言。まあ、それも当たってはいるけど。
そして次の日にも電話があり、昨日はびっくりして言えなかったけど、と、別の病院に見てもらった方が、手術をしたほうが、仕事を休んだ方が、
と母なりに色々考えたことをしゃぺってきました。
母らしい反応だなあと思いながら、三か所の病院で診てもらったこと、抗がん剤の治療以外に方法がないこと、を重ねて伝えると、
「何かあったら電話してよ。お母さんにいいにくかったら○○ちゃん(妹)にでも言ってよ」と。
母も私の普段と変わらない声に安心し、私も母の普段と変わらない口調に安心し、やっと心のひっかかりが取れて、ほっとしました。
抗がん剤治療が始まってからは週に一回、生存確認の電話が鳴りますが、
最近は、私が叔母から購入した家のお金を振り込んでくれだの、ブドウをもらったから送るだの、以前と変わらない会話になりつつあります。
次回に続く。

2018.01.07 Sunday
病院はじめ
年末年始を実家で過ごしました。
家族の反応がちょっと心配でしたが、妹は色々質問してきて、最後は「普通じゃなー」と。
そして、ヅラの自然さに感心。
母は最初は「しんどいんじゃろ」としきりに気遣っていたものの、次の日からはいつも通り。ガン仲間の父は、胃を2/3切除して治療は終了とのこと。
何とうらやましい。食事の様子はあまり変わらず。料理人だった父は、家族の集まりにあわせて茶碗蒸しやら、だし巻き卵やら、すき焼きやら、
私が持ち帰ったふるさと納税の鰹のたたきやらを料理してくれました。丁寧にとっただしはうまいですなぁ。
 大混雑にもまれながら1/2に帰宅、さすがに疲れました。1/3はほったらかしにしていた窓掃除と換気扇のお掃除をして、1/4仕事はじめの前に病院へ。
休み明けで混むかと思ったら、意外にもがらがら。一番に診察室に呼ばれて、ちんちくりんと新年のご挨拶。
「今年もよろしくお願いします」とは言ったものの、一年間通うのか~と思うと、はぁ~ってな感じ。
ちんちくりんからは、次回が火曜日だと好中球の数がちょっと心配とのこと。で、また木曜日にずらすことになりました。
9日がババ混みとケモ室の看護師さんから聞いたので、かえって好都合。1/4もお昼には点滴終了し、15時半からのんびり仕事に出かけました。
ステロイド剤のおかげで1/6の21時までは元気だったのですが、急にガス欠。ナマケモノに変身しています。
6日に届いた弾性スリーブはなかなかいい感じで、服の袖が通しやすい。今後に期待。
本日は、左薬指の爪は上半分がほぼ黄色、死んだかと思われましたが、たまにピンクがかっています。足は久しぶりの筋肉痛。
左の胸は地味に痛むので、気休めのイブちゃん服用。炎ありますが、すぐ治るので無視。こんな状態から平成30年スタートです。
 今年の目標は、このまま元気で仕事をすること、だけで終わらせたくないのですが、ナマケモノの頭ではいいアイデアが浮かばない。
海外旅行したいけど、パスポートの期限が切れてしまった。イエローカードはまだ2年残っているのになぁ。石垣島と東北を旅したいなぁ。休み取れるかなぁ。
 次回に続く。
  

2018.01.09 Tuesday
年賀状の反応
通院が木曜日になったので、のんびりの火曜日です。もう慣れたと思った微妙な筋肉痛が復活し、ナマケモノぶりを発揮しています。
仕事は14時過ぎに行こうかなと思っています。担当している利用者さんの報告書を書き上げたので、パソコンを開いているうちに書いておきます。
 年賀状に自分の病気のことをさらっと書いたのですが、昨夜は何年かぶりに元同僚から電話。
相変わらずの私の様子に安心してくれてよかったです。その後、アフリカ友達(日本人男性)から電話。奥様が胃がんで亡くなって、私の年賀状を見て気になって電話をしてくれました。
彼の年賀状には奥様の名前も記載してあったので、楽しくやっているのかと思っていました。
9月に見つかってから、1/5に亡くなられたそう。天国から彼を、飲みすぎないようにしっかりと見守ってね。
 そして今日はアフリカ友達(日本人女性)からお見舞いの「Krest」が届きました。Facebookを久々に開き、ありがとうのメッセージを送りました。
すっかり癌が私の一部になっているので、「抗がん剤治療してます」の一言のパワーを忘れてました。
家族以外の人が、日本のどこかで自分のことを思ってくれているって、うれしいものですね。
そうそう、昨日母からも電話があり、荷物を送るとのこと。母に預けたお金を農協にもっていき、入金をしたそうな。
その時にくじを引いたら1等が当たったと。景品は缶に入った「おかき」とのこと。みんなで食べたけど、縁起がいいから少し送るとのこと。1/11の夜に到着予定です。
 ケモと仕事の後に、おいしいお茶を入れて食べようかな。
 次回に続く。

2018.01.17 Wednesday
倦怠感と疼痛
仕事から帰るとガス欠の日々です。1/11、11コース目ラストのケモの後、訪問2件こなして帰宅。母からの宅急便をキャッチ。
一等賞の「あられ」は一個ずつが個包装になっていたもので、りんごやサツマイモ、R-1ドリンク、プチトマトの隙間に埋め込まれていました。
さすが家族で唯一のB型女子のやることだなぁと思いながら、おいしくいただきました。
 この日の化学療法室はガラガラで、看護師さんが体調を色々聞いてくれました。
爪が指からはがれるような色になっていることを伝えると、アブラキサンの副作用のようで、初のアイスグローブを装着しての点滴となりました。
看護師さんは「もっと早く気づけばよかった~」と悔しがっておりましたが、そのプロ意識に感服であります。
 木曜日がケモになると、体調のリズムがちょっと狂い、何となく体が動かない。かつ我慢できる程度の疼痛が断続的に続いてちょっと厄介。
1/16、12コース目スタート。本日は血液検査、CT、治験薬のみの点滴なので、朝早くから再受付機に並んだものの、診察券の磁気がアホになっており、受付のお姉さんに再発行してもらいました。
血液検査の順番が遅くなる~と心配しましたが、不幸中の幸い、私の好きな技師さんに大当たり~で、痛みなく4本採血しました。
技師さんは私の血管がだいぶ傷んでいることをいつも気にしてくれています。
今日はむくんだ左腕で採血、傷んだ血管の右腕で造影剤の注入、ポートで治験薬の点滴とフル活動です。CT室の看護師さん、珍しく穿刺失敗。
今後はポートを使って造影剤入れられないか聞いてみよう。CTの結果は鎖骨リンパ、腋窩リンパのガンはお変わりなし。
左乳のガンは大きくはなってないけど、画像では「濃く」なっているとのこと。どういう意味かは説明なし。
私が思うに、ガンの性質は私の性格によく似ているので、体をめぐっていたら、抗がん剤に当たって痛い目をみることを学習して、
ホームにとどまることを選択したのではないかと考えました。
ちんちくりんは、硬さは変わらないか聞いてきましたが、それよりも、我慢できるけど、痛みがコントロールしづらくなってきたことを伝えました。
治験はこのまま継続とのこと。 ちなみに血液検査は問題なし。「H」がついていたのは間接ビリルビンの値のみ。
コレステロールも少しずつ下がり、中性脂肪もベストな値におさまりました。
アミラーゼ、リパーゼも基準値内。底値になってもいい白血球も、すでに十分回復。私の細胞の学習能力というか適応能力は素晴らしいねぇと感心しましたが、ガン細胞も私の細胞なので、困ったものです。
きっと、抗がん剤にちゃっかり適応してきているのではなかろうかと思います。他の臓器に行くではないぞ。
ケモ室の応援に入っていた緩和ケアの看護師さんと話す機会があり、痛み止めにEVEちゃん使ってると言ったら、
「いぶ」と苦笑。もう効かないよね~「ちんちくりん、ロキソ出せや」と言ってくれました。ロキソも効いたり効かなかったりなんだけどねぇ。
「痛みを我慢してたら、効かなくなるからなぁ」とも言われましたが、痛みには我慢強い私は、どこまでが我慢になるのかがよくわからんのです。
 現段階のデータでは、無増悪期間の中央値が8ヶ月ちょいなので、薬がそろそろ効かなくなってくるんではなかろうかと思うこの頃です。さてどうなることやら。
次回に続く。


2018.01.22 Monday
身体と心の大寒
1月17日、咳で目覚めました。鼻腔と咽頭から喉頭にかけての空気の流れが刺激になって咳がでます。痰は少量、透明もしくは白色粘稠痰。風邪の時の咳とは何だか違う感じ。
おさまったかと思うと不意に咳き込み。ちょこちょこと水分をとって潤しながら、ごまかしごまかし仕事をしてきたけど、21日は咳が出ると止まらん。声も変になってきた。
鼻腔に装着する鼻マスクを買ったのですが、鼻も少し詰まっているせいで口呼吸になってしまい、今一つ。
 おまけに右口角が痛い。舌の中央もちょっとヒリヒリ。相変わらず左腕は右と比べて1.3倍の太さ。
CTの時の2か所の穿刺部分が赤くポツっとはれて痒い。これは治験薬のせい。 胸の痛みはちょっとまし。 半分変色した左薬指の爪を椅子のカバーにひっかけてしまい鈍痛。
 おまけに足の小指を何かにぶつけて痛い。 地味な副作用と小さいトラブルの積み重ねで、大寒到来。
今月は点滴スキップの週がないため、明日通院日なのであります。いつもは点滴後に仕事をしていたのですが、月曜日は遠いところの訪問ばかりなので、自分を甘やかして休みにさせてもらいました。
あれしたい、これしたいという思いはあるのですが、その時のなーんとなくの気分で、なーんにもしないことの方が多くなっています。
 治癒のための抗がん剤でなく、生きるための抗がん剤。延命のための抗がん剤。
何年か前に、私のことを「人の3倍分を生きてきたのね」と言った人がいました。
確かに、40歳までにやりたいことをリストアップして、一応すべて叶えてきたので、言い得ているなあとは思いました。
その後は特に執着してやりたいということがなく、10年間は働きまくって稼いじゃえ~と休みなく突っ走った5年間。
5年目にしてガン患者になり、いつ死んでもそんなに悔いはないなぁと思っていて、でも、年金の積み立てがもったいないなぁと考えて、ガンと100歳まで共生できたらギネス級だねぇ、なーんて呑気なことを妄想していました医療職でなかったら、治験でなかったら、抗がん剤治療続けてたかなぁ。
生きることって大変。難病の方の気持ちがほんの少しだけ、じわーっと沁み込んできます。 生き続けたその先に何が見えるのか、それを知りたくて明日も頑張るのです
次回に続く。


2018.01.23 Tuesday
インフルエンザ騒ぎ
1月22日は月曜日なので代わりの女医さんでした。笑顔のないクールな感じの方です。3回目だし、血液検査は問題ないので、3分診療で終了。
診察は問題なかったのですが、その前の採血が大変でした。採血担当は3週続けて大好きな技師さん。右腕は造影剤の穿刺失敗で、2か所がかゆかゆでポツっと腫れていたので、むくんだ左腕でお願いしました。
全然痛くなかったのですが、血管に針が入らないみたいで、なんと2回失敗。何度も「ごめんなー」と言って「別の担当に代わるわー」と。
サルも木から落ちる、弘法も筆の誤りとは言ったものだなぁと。若いお姉さんの技師さんがやってきて2人で左腕の血管を捜索したものの、ぽってりとむくんだ左腕は難しそうだったので、
私から「右でもいいですよ~」とヤクの常習者のような右腕を差し出して、それで何とか採血ができました。 ケモ室はガラガラ。看護師さんの数も少なめ。
前置薬が終わった頃にはいつもの元気な看護師さん登場。他の外来に応援に行ってたご様子。話声をぼんやり効いていると、外国人旅行客がインフル疑いで受診してきたと。それもマスクせず。前日はUSJで楽しんでたと。きっとマスクもせず。
 こうやってインフルが大流行しちゃうんだねぇと思っていたら、帰宅後に施設の上司からSMSが届きました。
「Rくん、インフルB型でした。要注意です。」おいおい、彼の鼻水を拭いたり、浣腸後のおむつ替えたり、ごはん食べさせたりしたの、私だよ~。この咳はもしかしてインフルも関係してるのか?と冷や冷やしていましたが、熱がでることもなく、
麻薬並みのステロイドのおかげで咳も少しずつおさまり、ナチュラルハイの時間を最大限利用して、報告書の送信、家事、そしてブログの更新をしました。もうそろそろガス欠になりそうなので、今日はちゃんと寝て、明日も仕事頑張りますぞ。
 次回に続く。


2018.01.30 Tuesday
ムクミブルー
1月30日12コース目無事終了。血液検査はばっちり。ちんちくりんはガン患者に向かって「お元気そうですね」と。
だけど私は実のところ、前日から浮腫んだ左腕がだるいのと、二の腕から脇にかけて痛いのとで、気分はブルー。
朝からEVEちゃんも飲んでるので頭はボー。あんたは内科医にはなれんわ。と心の中で文句を言っておりました。
先週は仕事が少なかったせいもあり、身体も心ものんびり、だらだら。そのかいあってか、これといって気になる副作用はなし。
休息は大事なのねと思っていたところに、突如として現れたムクミブルー。
月曜日、久々5件の気合いのいる方の訪問だったからかしら?痛みが胸にも伝わって悪夢の疼痛が出そうになったので、久しぶりのEVEちゃんをポイっと服用し何とか就寝できました胸と腹?の境目付近にポツっと肌色のイボが出現してましたが、ちょっと様子見で、ちんちくりんには内緒。
私の左乳2/3はカッチカチ。もう何ができてもガンの端くれでしかないでしょう。手術できる方がうらやましい今日はデキサートとアロキシの効きも今一つで、何となく不調。
生薬の入ってない栄養ドリンクで無理やり持ち上げて、仕事を2件こなしました。何とか復調の兆し。明日は皆既月食、見れるかな。
次回に続く。
 

 

 

 




 

 

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